2009年8月29日土曜日

勝負

こんなことは、稽古では言わないし、
こういう言い方をするのは、あまり好きではないけれど、
どうにも書かねば気持ちの収まりがつかない。
誰かを意識しているわけではない。
ただ、技を工夫しているうちに、ふと思い、
何かに駆られるようにして、これを書いている。
そういえば、七月のあの日も、
何も知らずに、
こんな風に何かに駆られて書いていた…


合気道は、
争いを否定する。ゆえに、試合がない。
そして、他流の否定も否定する。
なぜだろうか?


比べたい、相手を否定したい。相手を打ち負かし、勝ちたい。
それは、多くの人間の性です。
社会で生きていくということは、争いになっていました。

しかし、何かを否定するということは、
己自身の心の有様を
そのまま否定しているということになるからでしょう。

世の中の様々な争いごとや誹謗中傷は、
自分自身と争い、自分自身を誹謗中傷していることの表れです。

争いごとの表れは、戦争だけではなく、
世の中のあらゆる競争、議論、論争、攻撃、批判、縄張り意識など、
すべては、ある種の戦争なのです。

だから、まずは一人一人の心の中に平和を築かないかぎり、
世の中から戦いは永久になくなりません。

他人のあり方や他人のブログを
攻撃したり、批判をしたり、警告を発したりするのは、簡単です。

ですが、それは新しい時代ではもはや通用しない
旧時代の人々の古い思考です。

それは、実際には自分自身である相手を殺しまくる道です。
殺し合いの螺旋から降りなくては、
いつかは自分が殺されて終わりますし、
勝っても、結局は自分自身を殺していることに他なりません。

もう、力の時代は終わりかけています。
人を否定してばかりでは、いけない。

勝ちたい、相手を否定したい、
そんな自己に打ち克つのです。
そうすれば、敵はなくなるでしょう。



「合気とは愛なり、天地の心を以って我が心とし、万有愛護の大精神を以って
 自己の使命を完遂することこそ、武の道であらねばならぬ。
 合気とは、自己に打ち克ち、
 敵をして戦う心なからしむ、否、敵そのものをなくする
 絶対的自己完成の道なり。
 而して、武技は天の理法を体に移し、
 霊肉一体の至上境に至るの業であり、道程である。」---植芝盛平

「世界平和」---

いろいろあるので、とりあえず
重陽(9月9日)までは、更新を控えるつもりです。

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