2010年6月15日火曜日

ラッセル

 
No doubt the word 'intelligence' properly signifies rather an aptitude for acquiring knowledge than knowledge already acquired.
The desire to instil what are regarded as correct beliefs has made educationists too often indifierent to the training of intelligence. 
                          ---Bertrand Russell
「疑問の余地無く、「インテリジェンス」という言葉は、正確に言うなら、既に獲得された知識のことではなく、知識を獲得する能力をさす。」
 
「正しい信念だとみなされていることを教え込みたい欲望から、教育者はあまりに多くの場合、「インテリジェンス」の訓練に無関心になった。」
 
といったところですか…
だいたいの訳に過ぎませんが。
イギリスの哲学者、バートランドラッセル卿(バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(Bertrand Arthur William Russell)の言葉です。 
 
ラッセルさんの著作を、シェークスピアさんの著作を、挙句の果てにはホワイトヘッドさんの著作を
高校の英語の教科書として使ってしまうという当時の教師たちの暴挙(笑)のおかげで、今、楽しめるのです。
シェークスピアは当時も好きだったけれど、今読むのとは違うでしょうし、
ラッセルやホワイトヘッドは訳せて、日本語になるものの、意味が通ってこず、
「知識」に留まり、「インテリジェンス」にならなかったものが、
馬齢なりに年齢を重ねた分、今は今なりに、多少は自然に通ってきます。
 
そんなこと学んで実生活に役に立つか?
そんなことは知りません。
ラッセルの言葉を引用したからって給料が上がるとかいうことはないでしょうし、
シェークスピアを読んだからって、料理がうまくなることもないでしょう。
(なる人が居てもいいですけれど…笑)
ただ人生が、ほんの少しだけ豊かになるかもしれません。
 
 
 合気道で考えるならば、
 知識として、稽古するも良し。
知恵として、稽古するも良し。
生き方として、稽古するも良し。
といったところでしょうか。 
勝敗を争うために稽古しているのでもありませんし。
合気道を稽古したからといって、
何かのチャンピオンになって、賞金が稼げたりするわけではありません。
喧嘩がめちゃくちゃ強くなるわけではありません。
(なる人が居ても、良いですけれど…笑)
 
ただ、物理法則にしたがっているか、生理的におかしな動きをしていないか。
(古人の言葉を借りれば、「天の理法を体に生かして」いるか、「自己を習って」いるか。)
そんなことを稽古していくと、人生がほんの少しだけ豊かになるかもしれません。

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