土曜日に、人と会う約束があって、出かけた帰り、
眠くてたまらないときに、
本屋さんで、立ち読みして、驚きました。
否、驚いたというよりも、思いださせられました。
その本自体は、宗教なのか、ビジネスなのか、自己啓発なのか…
そんなことは知りません。(というより、忘れました)
ただ、私にとっては武道の本だったのです。
思い出したのはこんなこと。
・雨の日のゴルフは、晴れの日より楽しい。
・unoのルール上負けると、「たくさんのカードを集めることができて儲かる」
・迷ったときは(最終的に)楽しいほうを選ぶ。
・知っていることを、惜しまずに教える。
・知らなきゃ聞け。
(たしか最後の二つみたいなことが、「修行」として書かれていたような…)
そして、生きる世界が違うと思ってしまうほど凄みのある生き方をしている、
ある友人から、最近もらったメール。
「自分の思う通りにできるってかなりラッキーな事だよね。」
そんなことを思い出しました。
(しかし、あれは、何の本だったんだろう?
いや、ものすごく眠かったので、立ち読みした夢をみただけで、
そんな本、ほんとうは、どこにも存在しないのかもしれません。)
ただ、それらの教えに従って考えてみれば
いろいろな方のひどい言いようも、見方をちょっと変えれば、
今の自由をもらったのは、彼らのおかげ。
彼らが、いろいろ言って、追い出してくれなければ、
未だに、(時間的、金銭的に)彼らの何倍も、キツい、ツラい思いをして、
その上、「死んだ型」にはめられ、逃れることもできず、
「生きた型」を追求できずに苦しんでいたことでしょう。
それじゃあ、楽しくない。
楽しく(生きた型を)稽古をさせてもらえる機会(自由)を与えられたってことは、
かなりラッキー♪
と思っていたら、
久々に、友人から連絡があり、
車のバッテリー上がりを治してくれました。
車の中身なんてさっぱり分からないけれど、
知らなきゃ聞けば、分かる人が助けてくれる。
ありがたい。ありがたい。
2009年6月28日日曜日
我
これまで、「我」を張ってきた。
さまざまな局面で、
気づかぬうちに、人を傷つけてきた。
人をないがしろにし、人から嫌われ続けてきた。
他人がどういう思いでいるのか、考えていなかった。
人が、傷ついていることを気にしないように、
見ないようにしてきた。
人が傷ついていることを気にしていたら、辛いから、苦しいから。
ある方が、間接的に指摘してくださったようだ。
否、ずっと、ずっと、ずっと、いろいろな方が、いろいろな方法で、
指摘してくださっていたのだ。
ただ、私は逃げてきた。
見ないようにしてきた。
他に責任を転嫁する形で逃げてきた。
否、向き合わないようにしてきた。
ただ、それらは、悔しさゆえの誹謗中傷でもあり、
真実でもあり、自分自身でもあったのだと思う。
少なくとも、一時期とはいえ、人生をかけていたのだから、
それらの中から、いただいた
自分自身への評価や真実からは逃げられない。
正面から自分と向き合わねばならない。
そういう一方で、
与えるべきものは、与え、
守るべきものは、守る。
そういうものとの分別をしっかり行いたい。
その分別を行い、主張できる、強さを持たなくてはならない。
今、そんなことを想う。
さまざまな局面で、
気づかぬうちに、人を傷つけてきた。
人をないがしろにし、人から嫌われ続けてきた。
他人がどういう思いでいるのか、考えていなかった。
人が、傷ついていることを気にしないように、
見ないようにしてきた。
人が傷ついていることを気にしていたら、辛いから、苦しいから。
ある方が、間接的に指摘してくださったようだ。
否、ずっと、ずっと、ずっと、いろいろな方が、いろいろな方法で、
指摘してくださっていたのだ。
ただ、私は逃げてきた。
見ないようにしてきた。
他に責任を転嫁する形で逃げてきた。
否、向き合わないようにしてきた。
ただ、それらは、悔しさゆえの誹謗中傷でもあり、
真実でもあり、自分自身でもあったのだと思う。
少なくとも、一時期とはいえ、人生をかけていたのだから、
それらの中から、いただいた
自分自身への評価や真実からは逃げられない。
正面から自分と向き合わねばならない。
そういう一方で、
与えるべきものは、与え、
守るべきものは、守る。
そういうものとの分別をしっかり行いたい。
その分別を行い、主張できる、強さを持たなくてはならない。
今、そんなことを想う。
小動物の死
出張中に、他の方のために預かった小動物が、たった今、死んでしまいました。
雨の中、用意した飼育セットを片付け、供養をしてきました。
弱い、儚い彼(彼女?)の命を見ていて考えました。
生き物は、強くなくても生きていけます。
技ができなくても、生活できます。
逆に技ができたって、仕事や家族や人生に、何も得はありません。
餌を食べて、出して、寝て…
それで生きていけます。
なのに、人は、「できなくても良いこと」をします。
している以上、何らかの意味があるのではないでしょうか?
芯がない武道は、空っぽ。ただの踊り。
武道に芯を入れるためにはどうしたら良いでしょうか?
雨の中、小動物の死骸を土に埋めながら、そんなことを、考えていました。
雨の中、用意した飼育セットを片付け、供養をしてきました。
弱い、儚い彼(彼女?)の命を見ていて考えました。
生き物は、強くなくても生きていけます。
技ができなくても、生活できます。
逆に技ができたって、仕事や家族や人生に、何も得はありません。
餌を食べて、出して、寝て…
それで生きていけます。
なのに、人は、「できなくても良いこと」をします。
している以上、何らかの意味があるのではないでしょうか?
芯がない武道は、空っぽ。ただの踊り。
武道に芯を入れるためにはどうしたら良いでしょうか?
雨の中、小動物の死骸を土に埋めながら、そんなことを、考えていました。
2009年6月17日水曜日
あぁ!やってしまった。
最近、忙しくて…
さて、PCから更新しようとしたら、
何か操作を間違って、過去のエントリーをほとんど消してしまいました。
またがんばりますので、よろしく。
さ、あっちが夜の間にすこしでも寝ておかないと。
おやすみなさい。
今日の稽古は
肘締めと天地投げの上の手だけを。
さて、PCから更新しようとしたら、
何か操作を間違って、過去のエントリーをほとんど消してしまいました。
またがんばりますので、よろしく。
さ、あっちが夜の間にすこしでも寝ておかないと。
おやすみなさい。
今日の稽古は
肘締めと天地投げの上の手だけを。
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